入院ってなに!?

入院ってなに!?

娘(14歳)の頭痛がひどいとのことで病院に。

診察の結果、念のためMRI検査をしましょうということになったのが先週のこと。

今週、検査結果を聞くために僕だけ病院に(娘は学校に)

大きな病院がゆえに、再診受付は全自動(ちなみに支払いも自動)
機械からA4サイズの受付票が出てくる

それを手に小児科外来の前で待つ。
このとき予約の時間どおり9:30

手元の受付票をみると、最下段の本日の追加予定欄に

< 入退院事務室(入院予約)>

 

はっ!?

入院予約ってなに?

入院するの?

ちょと待て、来週は期末テストやから、その後か?

いや、緊急なのか?

頭痛由来の入院って、命に関わるのか?
単なる検査入院なのか?
グルグル回る

心臓の鼓動が、耳のなかでこだましてる。

 

予約の時間はすでに10分を過ぎている
でも呼ばれない
酸素が足りない

30分を過ぎても呼ばれない
頭痛がしてくる

待合室にあるテレビにアンパンマンが流れてる
それを見ていた3歳くらいの子どもが、僕に視線を向けてくる
いつもなら笑顔を返すところが、笑顔にならない
顔がこわばってる

45分を過ぎても呼ばれない
吐き気が激しい

10:35。予約から1時間を過ぎてようやく呼ばれる。

担当医は、娘も良い先生だったと言う優しげな女医さん

部屋に入るなり
「遅くなり申し訳ありませんでした。細かく見てもらうのに時間がかかってしまい」と言われる

返事もできずに、「やっぱり入院なんだな・・・」と心のなかでつぶやく

椅子に座った僕に医師が

「検査したところ、問題ありませんでした」

 

「問題なかった?」

「問題なかったんですね?」と二度確認してしまった。

「入院予約って書いてるんですが?」

「それチェック入ってないんで違いますよ」って

 

紛らわしいわ!!!!!!!

って、心の中で突っ込んだ

 

おかげで寿命が半年は縮んだ

結局、頭痛の原因はわからずじまいで様子見となりました。

 

 

元気でさえあれば

僕たちは、子どもに対してついつい期待を大きくしてしまう。
それが、不安の始まりであり、怒りの始まりになる。

子どもが生まれてくるときには、「元気に生まれてくれさえすれば」だったはず

それが、成長とともに親の期待も成長してしまう。

それが裏切られたときに、不安になり、不安が大きくなると怒りに変わる

〇〇さんのところの〇〇ちゃんは、もう話してるのに、どうしてうちの子は。。。と

〇〇ちゃんの字は、こんなにきれいに書けているのに、どうしてうちの子は

どうして勉強しないの

どうしてテストの点数が

どうして!!!!!!

 

思い出してみよう。

子どもが生まれてくるときにどんな思いだったか。

多くの親は、「元気でさえいれば」

 

不安や怒りが芽生えたとき、思い出してみよう

不安や怒りが芽生えたとき、期待を一つ二つさかのぼってみよう

子どもは、親のものでも敵でもない

どうしてどうして!!!と評論家になる前に

応援をしてあげよう

 

今回の入院!?騒動で、改めて思った次第です。

親は子どもに、上司は部下に
不安や怒りが芽生えたなら、思い出してみよう。

 

追伸

とはいえ、「元気でされいれば」に割り切れない人もいます。
元気だけど、健康だけど、
ハンディキャップがあったり、
日常の当たり前の生活をすることに、多くの制約がある人もいます。

そんなことにも心配りができる人間でありたいと、改めて思います。

 

2018年09月19日 | Posted in BLOG, 黒岩禅 | | No Comments » 

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